魔森妖刀剣戟獄 (お侍 習作70)

       〜 お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 


          




 それなりの屋台骨があった一味だったこともまた、彼らの気を大きくしていたものだろか。一端の策謀を構え、成敗して回るこちらを誘い込んで返り討ちにしてやろうぞなんて大それたこと、一丁前に企んだ無頼の輩。その辺り一円を荒らし回っていた野盗一味を、それはそれは鮮やかにも そのまた返り討ちに仕留めてしまった、褐白金紅と仇名なされし、当世随一の腕前を誇る賞金稼ぎのお二方。舞台にされてしまった小さな集落の顔触れの中、野盗一味から手引きを頼まれたは、人身御供にされる娘の身支度の手伝いに来ていた酌とり女と、その夫だという痩男の二人だけで、それらももうお縄を受けているとのこと。標的とした相手はたった二人で、しかも得物を奪ってしまっての個別にやっつけるのだからとのこの作戦が、よほどにうまく運ぶとの自信があったらしかったものの、
“その前の“大前提”を忘れているのは いかがなものか。”
 その“たった二人”のお侍が、それぞれの手にした血刀のみにて、これまでどれほどの規模の野盗たちをからげて来たか。特殊な刀といっても、形状と使いこなして来た歳月あっての慣れの話であり、気合い砲が放てる訳でもなければ特殊変形して乗り物になる訳でもなく。逆に言やあ、それでなくては二進も三進も行かぬという情けない腕でもない。弘法筆を選ばずの喩えの通り、よほど特殊な代物でない限り、どんな得物でも意のままに扱えるし、超振動を帯びさせることも可能な“侍”の彼らであり、
“よっぽど舐められたか、それとも相手が相当に図に乗っておったのか。”
 他の盗賊らが有名な順番で標的にされての殲滅の憂き目に遭っている中、等級的には下位にあったがため何とか生き残っておった連中だったのを、実力での存続だと勘違いでもしていた…というところかも。

 「? いかがした?」

 もはや逃げる気力も失って、あの廃屋に居残っている野盗の残党らを捕縛するため。待機していた捕り方の一団が軽快な足並みで向かうのとすれ違う、村へと戻る道すがら。まだまだ宵の口という時間帯だったものが、月も随分と傾いて。鄙びた辺境、日頃であれば明かりもなくてのとうに寝静まっているだろう頃合いに、今宵はまた結構なにぎわいと化しており。そんな騒ぎの立役者である二人には、役人たちも捕り方の若いのたちも、気づけば引っ切りなしの目礼を寄越してくるそんな中、しきりと口元を手の甲で拭っている久蔵に気づき、砂ぼこりでも吸って苦しいのかと連れ合いがお顔を覗き込めば、
「…。////////」
 そっぽを向きつつも、その頬が…月光の明かりで拾えるほど、心なしか赤らんだので。
“…ああ。”
 やっとのこと、勘兵衛にも合点がいって。自分の衣紋の懐ろから手拭いを取り出すと、
「もう殆ど残ってはおらぬぞ?」
 それに、そんな拭い方をしては口の傍へと広がるだけだと助言をしてやり、口元の紅の名残りを拭ってやる。きめのなめらかな肌が張りついた手で拭っても、さして落ちまいと踏んでのことであり、
「〜〜〜。」
 口の中でもしょもしょと、恐らくは“忝ない”くらいを言ったらしき若いのへ、

 “案外と律義なのだな。”

 あらためて。意外に感じたのが余程のこと筒抜けな顔をしてしまったらしく。
「…。」
 今度こそ、いかにもムッとしての尖った眼差しで睨まれてしまった勘兵衛であったりし。壮年殿の感心とやらが、礼を言ったことへ対してのそれではないのは、お互い様で判っている。もっと逆上っての大元、化粧をする必要があったこたびの段取り自体へ、だが、嫌がらないで従った久蔵だったこと。その下敷きとなっている一件があったのを、思い出した勘兵衛であり、思い出した彼なんだろなと察した久蔵だったからこその、今の一連の…視線のみによる意味深なやり取りだった訳で。

  ――― 今度このような段取りの仕儀に出食わしたなら、
       今度こそは自分が贄の身代わりをする、と。

 壮年殿が思い出したは やはり、今回の野盗らが参考にしたのと同じ一件。以前、似たような脅迫に揺れていた農村に駆けつけて、生贄にと差し出されかかっていた娘御に成り代わっての擬態をし、楚々とした素振りを取り繕って相手陣営へ運び込まれたそのまま、油断を誘い足元を掬うという作戦を執ったことが確かにあった彼らであり。とはいえ、窮屈な女装をさせられたその上、櫃から出ずに大人しくしておれという指示を嫌がって、贄にはならぬとの駄々を捏ねた久蔵でもあり。結果、勘兵衛の方が…女装こそしなかったものの櫃に待機しての賊どもを間近まで引き寄せる役目を担当。そんな彼を、物陰から見守っている側を受け持った久蔵だったが、そんな段取りになったことで、何かしらの焦燥を覚えでもしたものか。もしも再び似たような事件に立ち会うようなことになったなら、次は駄々なぞ捏ねずに自分が贄の身代わりをやるからという約束を交しており。あれからさして日も置かぬうち、同じような難儀に心痛めている村があるとの通報が、賞金稼ぎ仲間とだけの署名がある電信にて、彼らの手元へ秘密裏に届いたという訳で。

 『やれるのか?』
 『…約したからな。』

 女性用の仕立てになっていた白い小袖にも袖を通し、淡い色ながら紅を差されもし。黒髪のかつらも嫌がらず、それはそれは麗しい生贄の姫へとなって見せた彼であり。貢ぎ物と一緒に櫃に乗り込む様を見届けながらも、それらの支度にと女房たちが慌ただしくもばたばたしていたどさくさに紛れさせ、彼の得物がこそりと遠ざけられたるその揚げ句、何者かが中の本身だけをすり替えたところ、油断なく注意を配っておっての察知していた壮年殿は。そやつが何処へ向かうか、捕り方として招いておいた州廻りの役人らにも極秘にこそりと、直接連絡を取ってあった、やはり賞金稼ぎのお仲間へ、追跡を頼んでおったとか。

 『名のある刀剣をばかり狙うという、
  獲物標的が妙に偏った盗賊の噂は聞いておったしの。』

 さして蓄えもなく、はたまたこんな不思議な何物がからむ伝承も、その始まりからこっちにかけて一切持たないまんまの、それはそれは小さな村への こたびの仕儀。そやつらの活動範囲にぴったり重なるとあって、よもやと案じたその上で、それでもわざと乗ってやったからには、勘兵衛も久蔵も自分の得物をこそ狙われることは予想しており。指示があった通りにと、到着した廃屋にて、贄の手を戒め、目元を白い目隠しにて覆う役目をこなしつつ、
『やはり擦り替えおったようだ。』
 勘兵衛自身がその事実も伝えていたから。この場に一応は持って来た彼の双刀が偽のなまくらだということ、久蔵もまたとっくに知っていた。相手を油断させるためのそれこそ段取り通りの手筈でもあったし、だからといって支障がある彼ではないのは、勘兵衛もまた重々承知のことであり。

  ――― 月峰と雪峰

 久蔵がまだ幼き頃、南軍英才部隊の候補生に選ばれた誉れを称えてと、主家にあたる親戚筋の大伯父から授かった業物だそうで。その折に聞いた呼称がそれだったとか。あまりに短いので正式な銘ではないのだろうが、それでもその切れ味は凄まじかったし、何より久蔵自身との相性もよかった。あのような一つ鞘に収める形になったのはあまりに小さな身で腰から提げるのは難儀だろうと、確か兵庫が提案してくれての拵えで。その結果、ずんと独特な形になってしまったその得物は、時に人からの関心を引きやすくもなったのは否めない。拵えの特殊さとそれから、それは凄絶な切れ味とから、刀剣への知識なり目利きなりが出来ぬ者からさえ注目を浴びやすく。確かに名刀ではあったが、その妖しい得物が帯びていた神憑りなまでの威容と威力は、彼が振るっていたればこそという相乗効果もあってのものと言え。

 「刀はあくまでも道具だ。」
 「まあな。」

 勘兵衛だとて、自分の愛刀を大切にしてはいるが、これがなくては戦えぬという身でもないとの自負や自覚はある。
「それでも。使い勝手のいいものに越したことはなかろうよ。」
「…。(頷)」
 そういえば、いつかシチに聞いた話だが、お主、その細身の刀で自分とシチと二人分の重さを支えたことがあるそうだの。(『
奇禍』参照)
「…。(頷)」
 こくりと頷いた久蔵へ、よくもまあ折れなんだのと感心しつつ、
「それもまた、使い勝手が功を奏した一例というものかも知れぬの。」
 どういう角度、どういうバランスで掛かれば、刀身の柔軟性を生かせるのか、重さを分散させられるのか。それだとて、刀を折らぬようにではなくて、二人分を支えて持ちこたえさせるための方策を、瞬時にして割り出しての、落下寸前で丸太に突き刺して支えに代えた久蔵だったのであって。そんな機微がちゃんと飲み込めている勘兵衛だのに、

 「だというに。」
 「…ん?」

 引っ掛かる物言いへ、何だ?とわざわざ足を停め。豊かな蓬髪がかかる肩越しにこちらを見やると、言葉の先を促した壮年殿へ、

 「自分の刀を身代わりに持っておれなどと言い出したのへは、実際呆れたぞ?」

 こちらも足を停め、玻璃玉のように澄んで妖しい紅の眸を、ちろりと相手へ差し向ける。丁度、夜空をゆく群雲の流れが途切れての、煌月の光が振り落ちて来た間合いであり、
「ただの道具以上に勝手へ馴染んで威力を発揮させやすい、それは得がたい刀だのに。それをわざわざお主までが遠ざけてどうする。」
 一丁前に窘めるよな言いようをする年若な連れ合いへ、
「なに、心細いかと思うての。」
 そんな言いようで言い返せば、馬鹿にするなとの罵声が返る。第一、そもそもの段取りでは、何かあったなら飛び込んで来ての守る側、護衛という立場にあった勘兵衛なのに。
「それがその手から刀を手放してどうするか。」
 淡々とした口調だが、この壮年はと少々苛立っているのが感じ取れもし、
「…そうだの。」
 怒らせても詮無いと思ったか、勘兵衛としてはそれ以上、ムキになっての反駁はしなかったものの。だが、それにしては口許に柔らかい笑みが消えずにいる。得体の知れない何物かへの贄として、あのような不気味な廃屋に運ばれた、清楚に飾られた姫の傍らへと歩み寄り。裳裾の長々とした羽織や衣紋の裾を広げての屈み込んで、その手許を括る所作に紛れさせ。手筈通りに彼の得物の双刀をその場へと隠しながらも、それが…相手の思惑から既にすり替えられた偽物であることを告げたその折。何とはなくの案じがつのってのこと、自分が間近にいてやれぬのが歯痒くて、

 『儂の刀を身代わりに持っておるか?』

 今にして思えばやくたいもないと自分でも判るほどに詰まらぬこと、言ってしまった勘兵衛だったものの、

 『………。』

 そんな一言を囁いたその拍子、久蔵の眼差しがこちらの腰に提げられた太刀へ一瞬流れたのもまた事実。無論、実は心細かった心情を不意に衝かれて…という流れでの、そんな反応を示した彼ではなかろう。むしろ、今の今つらつらと並べたそのままに、勘兵衛が発揮させるべき武力を、選りにも選って自分から削ってどうするかと、そうと思わせるような言いようへギョッとしての反射であったに過ぎないのだろうが。

  ――― 御身のみならず、不安に震える心まで護ってやるからと

 他の誰にも聞かせぬよう、低く忍ばせたことで甘く掠れたその声に。そして…代わりにではなく“身代わりに”との言いように、勘兵衛からのそんな想いも含まれていたこと、そのまま感じ取ってしまった彼だったから。あんな場でありながらと思えば不謹慎極まりないことながら、あんな場であったからこそ“ああ想われているのだ”と深く実感出来るような言いようをされ。そんな想いを酌み取れたこととそれから、それへと仄かに動揺してしまった自身であったことまでもが、
“振り返れば癪なのだろな。”
 そんな自身へ腹を立てている青さへと、若い若いとの苦笑を浮かべた勘兵衛であり、
「…。」
 そんな鷹揚な態度もまた、拾えるようになっている久蔵としては。ああ口が回ればやり込めてやれるのにと思ってか、むうと口許を尖らせてしまったのだけれど。傍から見ている分には…何をどう揉めておいでなのやら、なかなか読みにくいやり取りをなさる彼らへ向けて、

 【 よう、お二方。】

 街道とは名ばかりの野道が、木立を抜けての視界を広げ、村周縁へ広がる田圃を見渡せる出口へ至ろうとするその端境辺り。久蔵の得物を無事に運んでくれたもう一人の立役者が、飄々とした様子で立っており。そのシルエットにはついつい誘われてしまう“刷り込み”が働くものか、
「…。」
 それまでのやり取りごと、その場へ勘兵衛を打ち捨てての“たっ”と。足元が軽快になったそのまま駆け出した久蔵が、相手の間近まで駆け寄ると腕を伸ばして…わっしと掴んだは、相手の褐色の髪だったりし。
「髪油。使えというただろうに。」
 相変わらずのざんばら髪なのが気に入らぬ様子。それへと、
【 これこれ。機巧体でも痛みは感じるのだぞ?】
 無体は勘弁と、言う割にその声には笑みが含まれており。そんな二人へゆっくりと歩み寄りつつ、
「これ、久蔵。」
 年長の方へそのような行儀の悪いことをと、窘める勘兵衛もまた。口元がほころんでいるのを隠しもしないでいる辺り、あまり本気で叱ってはない様子であり。さて………ここで問題です。
(こらこら)






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